中山神社

祭神

正殿 中山忠光
左殿 明治天皇
右殿 天照大神

境内社

愛新覚羅社

由緒

 幕末、尊攘派公卿であった中山忠光は、朝敵の汚名を着せられて長州へ逃げのびてきましたが、長州もまた、第一次長州征伐の命が下った後で、幕府恭順の俗論党が主権を握っていました。
 中山忠光は追手から逃れるため、各地を転々としましたが、慶応元年
(1865)11月8日 田耕村杣地たすきむら そまち 現 豊北町)で暗殺されてしまいました。


 遺体は綾羅木(あやらぎ)の勝ヶ野に葬られ、翌 慶応元年(1865)長府藩が墳墓の上に小社を建てて「中山社」としました。

 その後、明治19年(1886)2月10日に、社号を廃して「招魂社」とし、翌年5月に社地と墳墓の地を分離して、社地を東500mに移して社殿を造営しました。
 さらに大正12年
(1923)に、有志があいはかって社地を現在地に移し、新たに神殿を造営。
 昭和3年
(1935)5月17日に遷座祭を実行し、翌18日 社号を「中山神社」と改め、県社に列せられました。
 平成7年
(1995)忠光生誕150年にあたり、明治天皇と天照大神の二神を配神に奉祀しました。
 今では、漁業、農業の神としても崇敬されています。



 境内には、忠光のひ孫にあたり、中国清朝 最後の皇帝 愛新覚羅薄儀(あいしんかくら ふぎ)の弟 溥傑(ふけつ)に嫁いだ、浩(ひろ)を祭神とする、愛新覚羅社があります。

 宝物殿には、中山忠光と、愛新覚羅 溥傑、浩夫妻ゆかりの品々が展示されています。
 拝館料:ご芳志
 開館時間:10:00〜15:00
(連絡があれば、18時まで)

●所在 下関市綾羅木(あやらぎ)本町7-10-8
●交通 JR山陰本線 綾羅木(あやらぎ)駅下車、徒歩約10分。
またはJR下関駅から北浦線バス 唐戸または筋川
(すじかわ)経由横野行きで約30分「中山神社前」 下車すぐ
●お問合せ 中山神社 TEL 0832-53-0704

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