ここは山陽道の基点、九州渡航の基地なり 山陽道 第一番塚なり(長門国表)
という説明の看板と石碑が、入り口の鳥居の左側に立っています。
今見ると道路は下関駅までずっと続いているので、変に思えるかもしれませが、昔はこの階段の下がすぐ海で、渡船場「堂崎の渡」と番所があって、九州に渡るには許可が必要でした。 ですから、ここが山陽道の最終、最初の地点だったというわけです。
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