亀山八幡宮
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お亀明神・お亀銀杏― おかめ みょうじん・おかめ いちょう ―
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当時、この辺りには、稲荷町、裏町という花街があり、お亀という売れない遊女がいました。
お亀は、幼い頃にかかった天然痘のせいで、あばたが顔に残り、人気がなかったのです。
お亀は、このまま生きて身を汚すより、自分の命が役に立つならばと、自ら人柱となって海に身を投げました。その後、海峡の流れは緩やかになって、埋めたて工事は無事終了し、埋めたてによってできた土地は、広さが八丁(約8万u)あったことから、八丁浜(はっちょうはま)と呼ばれるようなりました。
人々はお亀さんの功績をたたえ、亀山神社の境内に記念の銀杏の木を植えました。
木は年輪を重ねて名木となり、『お亀銀杏』と呼ばれるようになりました。そして八丁浜ができた事を祝い、五穀祭では「八丁浜えらやっちゃ――」と唄って踊る、八丁浜踊りが始まりました。
「えらやっちゃ(偉いやっちゃ)」とは、お亀さんの功績をたたえての唄です。いつしか博多にお株を奪われてしまいましたが、シャモジを打ち鳴らしがら「ぼんち可愛いやねんねしな――」と唄って踊る踊りは、この下関が発祥の地です。
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詳細 お亀銀杏 奉納の玉垣 |
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