関の氏神
祭神
応神天皇(八幡大神) 仲哀天皇 神功皇后 仁徳天皇
境内社
宮地嶽神社
祭神 息長足比売(神功皇后) 勝村大神 勝頼大神 例祭 1、5、9月22日
祭神 息長足比売(神功皇后) 勝村大神 勝頼大神
例祭 1、5、9月22日
熊鷹稲荷神社
祭神 稲倉魂命 例祭 3月10日
祭神 稲倉魂命
例祭 3月10日
恵比須社
祭神 事代主神 例祭 3月10日
祭神 事代主神
お亀明神
例祭 5月3日
主な祭事
由緒
平安時代の貞観元年(859)大安寺の行教和尚が、京都鎮護のために八幡大神を宇佐から岩清水に勧請の途中、赤間関 南岸の亀山のふもとに船をつないだ折、神のお告げよって仮殿を造ったのに始まるとされています。 以来、朝廷、大内・毛利氏の崇敬を受け栄えました。 室町時代の遣明船も出発に際して、太刀を奉納して安全を祈願していて、赤間関(あかまがせき 下関の旧称)を訪れた者は、阿弥陀寺(現 赤間神宮)とともに、亀山八幡宮に参拝するのが習わしであったといいます。
平安時代の貞観元年(859)大安寺の行教和尚が、京都鎮護のために八幡大神を宇佐から岩清水に勧請の途中、赤間関 南岸の亀山のふもとに船をつないだ折、神のお告げよって仮殿を造ったのに始まるとされています。
以来、朝廷、大内・毛利氏の崇敬を受け栄えました。 室町時代の遣明船も出発に際して、太刀を奉納して安全を祈願していて、赤間関(あかまがせき 下関の旧称)を訪れた者は、阿弥陀寺(現 赤間神宮)とともに、亀山八幡宮に参拝するのが習わしであったといいます。
今は埋め立てられていますが、昔は鳥居のすぐ下は海で、関門海峡と北九州の山々を臨む景勝の地として、鎮西一勝の地、西海第一関と呼ばれていました。
昭和20年の空襲によって社殿などを焼失しましたが、翌年に一部 復興し、同33年12月15日に現在の姿になりました。
現在でも『関の氏神』として、市民から親しまれ、いろいろな行事が行われています。 特に夏越祭の花火大会には、たくさんの人でにぎわいます。
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