引接寺
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引接寺 三門― いんじょうじ さんもん ― 昭和58年5月26日 指定
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他の建物は昭和20年(1945)の空襲で焼失して残っていませんが、本堂の花崗岩の石積基壇の形式から考えると、中国風の影響が強い寺院建築であったと思わます。
したがって、この三門の大きな4本柱の門や、両側に脇門をつけた珍しい形式も、慶長に再建された三門の形式を受け継いだものと考えられます。
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また、他の建物が空襲で焼失したにもかかわらず、この三門だけが焼けずに残ったのは、水神である龍の神威であるともいわれています。
* * * 三門 【さんもん】
三門とは、本堂に入るのに通らねばならない門、三解脱門(さんげだつもん 空・無相・無作)にたとえ、その略からきているとされています。
「山門」のと書くのは、寺のほとんどが山にあったことから、後にあてられた字です。引接寺の門は、特に三つの門を持つことから、「三門」と書かれています。
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