元国弊社

福浦金刀比羅本宮 ― ふくうら ことひら ほんぐう ―

主祭神

大物主之神

相祭神

神功皇后

境内社

 正一位稲荷神社

祭神 宇迦之御魂大神

末社

竹ノ子島 金刀比羅社
青海島 通町金刀比羅社



祭日

1月1日 元旦祭
3月
 第3日曜日
例大祭
毎月10日 月次祭
10年ごとに 式年大祭

由緒

 文政2年(1819)長府藩11代藩主 毛利元義が、海防と福浦港の繁栄を図るために、郡代 水野忠実に命じて忌宮神社の境内に祀っていた金刀比羅宮を、彦島 福浦湾の兜山かぶとやま 後に富観台(ふかんだい) とも)に移したもので、文政3年(1820)に神殿、拝殿が完成しました。

 北前船が入港した時には、神官が船まで出向いて海上安全を祈祷をしたのが評判となって、参拝者や寄港する船がふえ、福浦の港は大変 繁盛したといいます。

 嘉永2年(1846)には、海防調査を命じられた吉田松陰も、ここを訪れました。

 石段は279段あり、約50度の勾配は日本一とも言われています。

 この階段の数を数えながら上ると、8合目あたりの脇道の所で、必ず何かあって数を間違えるという、「こんぴらぎつね」の昔話も伝わっています。



●所在 下関市彦島福浦町1-27
●交通 JR下関駅からバス「福浦本町」下車 徒歩15分

清盛塚

杉田岩刻画

巌流島

福浦
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西山 貝化石層

南風泊市場

老の山公園

ナイスビューパーク

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ぶちしも ここだけのはなし

 福浦湾が栄えたのには、もうひとつ理由があって、惣嫁(そうか)、浜出女(はまでおんな)、沖まんじゅうなどと呼ばれる、舟に出向いて春を売る遊女たちがいたせいもありました。
 最盛期には、200人にも達していたそうです。

 惣嫁は、ある意味下関の名物ともなっていたようで、安藤広重の浮世絵「六十余州名所図会」の「長門下の関」の中にも描かれています。