ぶちしも ここだけの話
明治14年(1881)下関でコレラが大流行し、市街から安岡にかけ4,500人もの死者を出しました。
5年後の明治19年(1886)に再びコレラが流行し、医師もコレラにかかってしまったため、無人島であった巌流島に、コレラ患者の仮設病院が建てられ、患者が送られることになりました。
その後 明治24年(1891)にも流行し、再び患者が巌流島に送られることになりましたが、医師会の中で「患者を巌流島に送り込むということは、人道に反する行為である」との意見が強まり、高尾(現在の中央病院の場所)に仮設病院を設置することになって、巌流島の仮設病院は廃止されました。