下関駅周辺

奇兵隊結成の地

白石正一郎 旧宅跡

 ― しらいし しょういちろう きゅうたく あと ―

 白石正一郎は、回船問屋小倉屋の主人として実業にたずさわるかたわら、国学に深い関心を持ち、43歳の頃 国学者 鈴木重開(すずき しげたね)の門下に入って、尊王攘夷論の熱心な信奉者となりました。


 白石邸は志士たちに開かれて、交流、集会の場となり、明治天皇の叔父にあたる 中山忠光や、三条実美ら六卿、坂本竜馬、野村望東尼なども滞在しました。
 六卿の1人 錦小路頼徳
(にしきこうじ よりのり)は、下関に到着後 病に倒れ、この白石邸で息を引き取りました。

 文久3年(1863)6月には、藩命により下関に訪れた高杉晋作白石正一郎の話し合いにより、この白石邸において奇兵隊が結成されました。
 正一郎自身も結成と同時に入隊し、陰の力となって資金面から志士たちを支えました。
 しかしそのために、晩年 店は傾いたといいます。

 奇兵隊は結成以後、白石邸に寄宿していましたが、すぐに隊員が増えて手狭になったため、阿弥陀寺(現 赤間神宮)へ屯所を移しました。



 この碑の建てられているあたりに、白石邸の浜門があり志士たちはここから出入りしていたといいます。
 その浜門
(写真 左)は、長府 松小田(まつおだ)に移転保存されています。

⇒ 旧白石邸 浜門

●所在 下関市竹崎町3丁目 中国電力下関営業所前
●交通 JR下関駅西口より 徒歩5分

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白石正一郎
旧宅跡

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