厳島神社

小倉城の大太鼓

 直径 1.1m
 長さ 1.7m
 重さ 390kg

 という大きさで、ケヤキの大木を繰り抜いて造られています。

 この大太鼓は、元治元年(1864)に小倉藩で造られたもので、小倉城のやぐらに吊るされ、近隣に時刻を告げる役目を果たしていました。
 その音は、遠く大里まで届いたといいます。



 それを、慶応2年(1866)の小倉口の戦いで、幕府軍に勝利した奇兵隊が、戦利品として下関に持ち帰り、総指揮官であった高杉晋作が戦勝を祈願した、この厳島神社に奉納したものです。

 小倉口の戦いの勝利と、奇兵隊が小倉城に入城した日を記念して、旧暦の8月1日に、この大太鼓を打ち鳴らす「太鼓まつり」が行われています。

* * *

 昭和34年に小倉城が復元されてからは、お金はいくらでも出すからと、たびたび返還の要請があったそうですが、気骨のある有島宮司は「高杉晋作が許可するなら、お返ししましょう」と突っぱねたそうです。

 小倉側はそれならばと、別の太鼓を造って小倉城に吊るし、「実は小倉城が焼け落ちる寸前に、安全な場所に運び出されていた」と言い張っているだとか。

 また、東行庵の入り口には、同じく小倉城から戦利品として持ち帰られた一対の灯篭が置かれています。

 ⇒ 小倉城の灯篭

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ぶちしも ここだけの話

 とはいうものの、この大太鼓も奉納されて以来、いつしか物置に放り込まれ、ゴロゴロしているうちに、皮が破れてしまっていたのだとか。
 それを、大正13年 摂政宮御成婚記念として、太鼓堂が建てられ、皮も張り替えられて、再び日の目を見ることになったのだそうです。