関門国道トンネル

 本州と九州を結ぶ、全長3464.1mの国道トンネルです。

 自動車用のトンネルの下に、人の通れる人道がある点がユニークです。

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 関門海峡に道路トンネルを建設しようという計画が採り上げられるようになったのは、昭和の初め頃からで、昭和7年に当時の内務省で、関門の連絡について、トンネルと橋梁の調査が具体的に採り上げられました。




門司側入り口

 橋については当時の情勢から(橋では格好の攻撃目標になるため)実現するに至らず、計画書が一応提出されただけで終わりました。

 一方、これと併行して、昭和9年からトンネル計画の研究が進められており、昭和12年2月にわずかながら調査費がつき、同年5月に調査事務所が開設されました。
 そして8月には、試掘立坑に着手、14年には調査用パイロットトンネルが貫通し、5月12日から本トンネルの工事に着工しました。

 しかし戦争のため中断し、以後 細々と維持しながら、昭和27年7月10日に、やっと工事を再開しました。

 昭和31年4月16日、日本道路公団の発足にともない、有料道路としてこの事業を公団が引き継いで、昭和33年3月に完成しました。

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  構造規格及び工事概要

トンネルの延長 3464.1m
 海底部 780m(円形)往復2車線

 陸上部

下関側

門司側

1370.4m仰供型

1311m仰供型

試作トンネル 10008m
幅2.2m 高さ2.2m
トンネルの構造
勾配 最急 4%
最深部車道面の東京湾中等潮位からの深さ −55.86m
曲線 半径 500m
(下関側 1ヶ所 門司側 2ヶ所)
被覆 コンクリート
 海底部 軟弱地盤には60cm、硬質地盤には40cmの一次覆工の後、防水加工をして40cmの二次覆工を施す
 陸上部 軟弱地盤は70cm
硬質地盤は60cm
車道

車道幅員 7.5m 有効高 4.53m

舗装は、アスファルトコンクリート舗装
横勾配 1%
車道床版は設計荷重TL-20で、その厚27cmの鉄筋コンクリート

歩行者・自転車道路

幅員3.85m・天井高2.54m
海底部のみで下関、門司両立坑のエレベーターで昇降する
幅員 3.1m 高 4.53m
舗装 セラミック系カラー舗装
壁・天井 有光沢合成樹脂エマルジョン塗料

昇降機
 大型40人乗 3t 90m/min 立坑に1台
 小型20人乗 1.5t 120m/min 立坑に1台

天井 厚6cmのP.C.版を使用
換気立坑(4ヶ所設置)
 椋野 円形 外形15.8m
地下67.7m 地上27.5m
 下関 矩形 25×18m
地下55.4m 地上27.4m
 門司 矩形 25×18m
地下64.4m 地上27.7m
 古城 円形 外形19.2m
地下75.7m 地上27.5m
総事業費 5664百万円
(昭和32年度換算 約80億円)

トンネル内設備

換気設備 送気機 12台 排気機 12台
横流式換気法
(トンネルの下から上に空気が流れるしくみ)
排水設備 ポンプ17台
1日に4,800tの水を排水
照明設備 車道 低圧ナトリウム灯 1,320灯
人道 蛍光灯 382灯
火災感知器 522個設置
トンネル監視用カメラ 20台
手動通報器 上下線に208個設置
水噴霧設備 放水口 690個
毎分1uあたり6リットルを放水
泡消火器 50mごとに70ヶ所
 それぞれ2本ずつ140本 常備

その他:

ラジオ再放送設備:
 トンネル内のアンテナにより、ラジオ放送を受信できる。
 緊急時には、放送を中断し、非難誘導の放送を行う。

本陣 伊藤宅跡

日清講和記念館

赤間神宮

鎮守八幡宮

大連神社

紅石稲荷神社

みもすそ川公園

関門橋

関門トンネル
人道口

JH海峡プラザ

火の山

平家一杯水

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みもすそ川公園

関門橋

関門トンネル (国道)

関門トンネル
人道口

JH海峡プラザ

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