曹洞宗 金山 功山寺
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本尊
由緒
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![]() 総門に掛かっている額は、 毛利秀元が寄進したものです |
しかし弘治3年(1557)4月 毛利元就に追い詰められた大内義長がこの寺の仏殿で自刃し、その戦乱によって寺は一時 荒廃しました。
その後、慶長7年(1602)に長府藩初代藩主 毛利秀元が修営。
安芸国 廿日市の洞雲寺 金岡禅師を招いて再興させ、曹洞宗に転宗、笑山寺(しょうざんじ)と改称して、毛利家の菩提寺としました。秀元の没後の慶安3年(1650)に、2代藩主 光広が、秀元の霊位をこの寺に安置してからは、秀元の戒名「智門寺殿功山玄誉大居士」にちなんで、功山寺と改称しました。
幕末には、長州に下った七卿の内の五卿が功山寺の書院に滞在し、また、高杉晋作が幕府恭順派に傾いていた長州藩を、再び倒幕に向かわせるために挙兵した場所でもあります。
境内には見所が多く、境内地自体が市指定史跡となっているだけでなく、国宝の仏殿、市文化財の山門や輪蔵、県文化財の木造地蔵菩薩半跏像、市史跡の書院(七卿潜居の間)、ほかにも毛利家の墓、大内義長の墓、長府博物館、萬骨塔などなど、下関に来たならば(住んでいる方も)、必ず訪れて欲しい場所のひとつです。
| ●所在 | 下関市長府川端1丁目2-3 |
| ●交通 | JR山陽本線長府駅より下関駅行バス10分「城下町長府」下車、徒歩10分 または、JR下関駅より国道線バス25分「城下町長府」下車、徒歩10分 |
| ●お問合せ | 功山寺 TEL 0832-45-0258 |
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御嬪斂地 |
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ぶちしも ぷち知識
功山寺の総門の脇にある石碑には、「不許葷酒入山門」と刻んであります。
これは、「葷酒 山門に入るを許さず」と読むのですが、「葷(くん)」というのは、ネギやニラなどのニオイの強い野菜の事で、そういうニオイのある物や、酒を飲んだ者は立ち入りを禁ずる、つまり門をくぐった境内は、それほど神聖な場所である、ということを意味しています。
功山寺だけでなく、他のお寺にもあるところがあるので、探してみてください。