城下町 長府
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長門国衙跡 ―ながと こくが あと―
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国衙が各地に設けられたのは、大化2年(646)からのことですがが、時期は全ての国で必ずしも同じとは限りません。
長門国の国衙が置かれたのも、大化2年から数年内のこととみられています。ただ、長府の場合、国府跡に、毛利氏による近世の城下町が築かれたため、国府時代の遺構が壊される結果となり、国衙の位置も明らかではありません。
惣社(そうしゃ)のあった位置などから、現在の忌宮神社境内周辺と推測されています。長門国衙は、この国衙域を中心として、碁盤の目の様に市街を形成し、周囲に土塁をめぐらせて、東西南北に4つの門を開いていたものと思われます。
現在は、忌宮神社の隣にある長府図書館の敷地内に、『長門国衙跡』の説明の看板が立てられています。
| ●所在 | 下関市長府宮の内1-30 |
| ●交通 | JR長府駅よりバス「城下町長府」下車 徒歩10分 |
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御嬪斂地 |
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