城下町 長府

長門国衙跡

 ―ながと こくが あと―

 大化元年(645)に始まる大化の改新によって、中国の律令制にならった中央政権組織が確立し、全国68ヶ所に国府を定めて、地方を治める拠点としました。
 これによって、従来の国造
(くにのみやつこ)の職を廃止し、新しく国司を各国府に派遣、その政治を行う役所として国衙が置かれることになりました。

 長門国においては、長府の地を国府と定め、国衙が置かれました。
 現在の『長府』という地名も、この門国の国にちなむものです。



 国衙が各地に設けられたのは、大化2年(646)からのことですがが、時期は全ての国で必ずしも同じとは限りません。
 長門国の国衙が置かれたのも、大化2年から数年内のこととみられています。

 ただ、長府の場合、国府跡に、毛利氏による近世の城下町が築かれたため、国府時代の遺構が壊される結果となり、国衙の位置も明らかではありません。
 惣社
(そうしゃ)のあった位置などから、現在の忌宮神社境内周辺と推測されています。

 長門国衙は、この国衙域を中心として、碁盤の目の様に市街を形成し、周囲に土塁をめぐらせて、東西南北に4つの門を開いていたものと思われます。

 現在は、忌宮神社の隣にある長府図書館の敷地内に、『長門国衙跡』の説明の看板が立てられています。

●所在 下関市長府宮の内1-30
●交通 JR長府駅よりバス「城下町長府」下車 徒歩10分

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