黄檗宗 法輪山
覚苑寺 ― かくおんじ ―
本尊
観世音菩薩像
由緒
悦山禅師を招いて以来、学僧が多く訪れ、藩士の中から従学する者も多く、長府藩の文教興隆の拠点となりました。 幕末には、藩主、奇兵隊の陣屋になったところでもあり、狩野芳崖や乃木希典もよく覚苑寺を訪れました。 功山寺・笑山寺とともに長府毛利家の菩提寺となっていて、3代藩主 綱元、6代藩主 匡広、13代藩主 元周の墓があります。
悦山禅師を招いて以来、学僧が多く訪れ、藩士の中から従学する者も多く、長府藩の文教興隆の拠点となりました。
幕末には、藩主、奇兵隊の陣屋になったところでもあり、狩野芳崖や乃木希典もよく覚苑寺を訪れました。
功山寺・笑山寺とともに長府毛利家の菩提寺となっていて、3代藩主 綱元、6代藩主 匡広、13代藩主 元周の墓があります。
本堂(写真 上)は、明の黄檗流の様式を備えていて、市の文化財に指定されています。
また、庫裏(写真 左)は明治6年に、勝山御殿の一部を現在地に移したものです。
春には、梅と桜、秋には、紅葉の名所として、たくさんの人が訪れます。 また、和同焼きの窯元もあります。
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