長門国二ノ宮
忌宮神社 ―いみのみや じんじゃ―
祭神
仲哀天皇 神功皇后 応神天皇
境内社
荒熊稲荷神社 八坂神社
荒熊稲荷神社
八坂神社
由緒
忌宮神社境内は、仲哀天皇が九州の熊襲を平定するため、神功皇后とともにこの地に仮の皇居「豊浦宮(とようらのみや)」を建てて、7年間 政治を行ったとされている場所で、天皇が筑紫の橿日宮(かしいのみや)で崩御したのち、その神霊を祀って『豊浦宮』と称したのが始まりとされます。
後の神亀5年(728) 橿日宮(かしいぐう)から神功皇后の神霊を勧請して、忌宮(いみのみや)と称し、さらに神功皇后の子である応神天皇を祀って、豊明宮(とよあけみや)と称しました。
主な祭日
当初は3つの宮にそれぞれ別の神殿がありましたが、中世における火災で、豊浦宮と豊明宮が焼失してしまったため、忌宮に合祀し、「忌宮」をもって総称するようになりました。
忌宮の社殿も、幾度かの戦乱や火災により、何度か焼失しましたが、大内、毛利両氏の崇敬があつく、その都度 社殿の造営、改築が行われました。
現在の社殿は、明治10年6月に造営されたものを、改修したものです。
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