明治時代の軍人。
長府藩士 乃木希次の子として、江戸麻布の長府毛利藩邸に生まれる。
10歳のときに、両親とともに長府の地に帰り、16歳で萩に従学するまで、私塾集堂場において学ぶなど、長府城下で過ごす。
幕末には、長府藩 報国隊に入隊し各地を転戦する。
明治に入り、陸軍少佐として西南戦争に参加、軍旗を薩軍に奪われたのを一生の恥とした。
日清戦争では、歩兵第1旅団長として従軍。
台湾総督を経て、日露戦争には大将・第3軍司令官となり、苦戦の末 旅順を陥落させた。
その後、明治天皇に信任されて学習院院長となったが、明治天皇の大葬当日、東京赤坂の自邸で妻
静子とともに、明治天皇に殉じ自殺した。 |